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  浄土真宗/真宗大谷派/東本願寺 愛知県愛西市稲葉町本郷200番地 西光寺

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法事(年忌法要)関係

年忌法要日、中陰法要日の計算

【使い方】
  「ご命日」を入力していただきますと、自動的に中陰法要と年忌法要の年月日を表示します。
  
【中陰法要】とは、
  地域によって異なりますが、三十五日忌明法要または四十九日忌明法要までの7日ごとの
  ことです。ここでは、下記の日付を調査できます。宗派や地域によって一部省略される
  場合もあります。
   ★ 初七日(しょなのか)【7日目】
   ★ 二七日(ふたなのか)【14日目】
   ★ 三七日(みなのか)【21日目】
   ★ 四七日(よなのか)【28日目】
   ★ 立日(たちび)【1か月後】
   ★ 五七日(さんじゅうごにち、ごなのか)【35日目】
   ★ 六七日(むなのか)【42日目】
   ★ 七七日(しじゅうくにち、なななのか)【49日目】
   ★ 百ヶ日(ひゃっかにち)【100日目】

【年忌法要(法事・回忌法要)】とは、
  宗派や地域によって異なりますが、年忌法要は亡くなられた年の1年後に勤めるのが
  一周忌です。 それ以降、2年後が三回忌、6年後が七回忌となります。
  宗派や地域によって一部省略される場合もあります。
    
   ★ 一周忌(いっしゅうき)【1年後】
   ★ 三回忌(さんかいき)【2年後】
   ★ 七回忌(ひちかいき)【6年後】
   ★ 十三回忌(じゅうさんかいき)【12年後】
   ★ 十七回忌(じゅうひちかいき)【16年後】
   ★ 二十三回忌(にじゅうさんかいき)【22年後】
   ★ 二十七回忌(にじゅうひちかいき)【26年後】
   ★ 三十三回忌(さんじゅうさんかいき)【32年後】
   ★ 三十七回忌(さんじゅうひちかいき)【36年後】
   ★ 四十三回忌(しじゅうさんかいき)【42年後】
   ★ 五十回忌・弔い上げ法要(ごじゅっかいき・といあげほうよう)【49年後】

  

今年の年忌法要一覧

 



年忌法要年一覧


お仏壇関係

真宗のお仏壇



【真宗十派】
   【浄土真宗本願寺派(西本願寺)】 京都市下京区堀川通花屋町下ル
   【真宗大谷派(東本願寺)】    京都市下京区烏丸通七条上ル
   【真宗高田派(専修寺)】     三重県津市一身田町2819
   【真宗佛光寺派(佛光寺)】    京都市下京区高倉通仏光寺下ル
   【真宗興正派(興正寺)】     京都市下京区堀川通七条上ル
   【真宗木辺派(錦織寺)】     滋賀県野洲市木部826
   【真宗出雲路派(毫摂寺)】    福井県越前市清水頭町第2号9番地
   【真宗誠照寺派(誠照寺)】    福井県鯖江市本町3丁目2-38
   【真宗三門徒派(専照寺)】    福井県福井市みのり2丁目3-7
   【真宗山元派(證誠寺)】     福井県鯖江市横越町第13号43番地
【真宗大谷派歴代門主】
  初代【親鸞聖人】、第2代【如信上人】、第3代【覚如上人】、第4代【善如上人】、第5代【綽如上人】、第6代【巧如上人】、
  第7代【存如上人】、第8代【蓮如上人】、  第9代【實如上人】、第10代【證如上人】、第11代【顕如上人】、第12代【教如上人】、
  第13代【宣如上人】、第14代【琢如上人】、第15代【常如上人】、第16代【一如上人】、  第17代【眞如上人】、第18代【従如上人】、
  第19代【乗如上人】、第20代【達如上人】、  第21代【厳如上人】、第22代【現如上人】、第23代【彰如上人】、第24代【闡如上人】、
  第25代【浄如上人】
【仏教とは】紀元前6世紀ごろお釈迦さまによって説かれた仏になるための教え。人生は苦であるということ(四苦八苦)から出発して八正道の実践により解脱して涅槃に至ることを説く。キリスト教・イスラム教とともに世界三大宗教のひとつ。
【浄土真宗とは】鎌倉時代の初めに法然上人の弟子の親鸞聖人によって開かれた浄土教の一派。阿弥陀仏の浄土に生れて悟りを開くことを目的とし、阿弥陀仏の力で救われる絶対他力により信心だけで往生できるとする。真宗とも称し,一向宗,門徒宗などとも呼ばれる。真宗は主に十派あり、本願寺は蓮如上人により興隆したので、蓮如上人は中興の祖と呼ばれる。
【真宗十派とは】真宗大谷派(東本願寺)、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗高田派、真宗佛光寺派、真宗興正派、真宗木辺派、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗三門徒派、真宗山元派
【寺院とは】仏閣、僧院ともいう。一般的には仏教において、仏像を安置し僧侶などが住み、仏道の研究や布教活動のための修行や儀式を行う場として用いる建物を指す。日本では、古くは山の中に僧侶の修行の場として寺院が建てられたが、のちにお寺は人々の住む町の中につくられ、城下町にも寺院が造られた。江戸時代には、キリスト教を禁止するため、人々はいずれかの寺院に属さなければならないとする檀家(だんか)制度ができお寺は身近なものとなった。
【お墓の歴史】現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂や自然葬(散骨、樹木葬、海洋葬)なども見られる。
【納骨堂の歴史】納骨堂の歴史は古く奈良時代に発掘されたものの中にはも見受けられます。当時は霊廟と言われ、墓石が江戸時代に誕生したのに比べ納骨堂の歴史はとても永く続いています。
葬儀・葬式の歴史】葬儀の歴史は古く、数万年前のネアンデルタール人の遺跡からも葬儀らしき痕跡が発見されており、日本では縄文時代の遺跡に、腕を曲げて体を負った状態で葬られた屈葬が発見されている。現在日本では火葬が主流になっているが、7世紀以前の仏教が伝来する前は土葬が当たり前であったようである。